世界で一番哀しい飲み会
皆さんの職場や学校に腐女子はいるだろうか。
いるかどうかはわからないけど、「たぶんあいつそうなんだろうな~」みたいなのくらいはいるのではないだろうか。
今日は私が社会に出てから出会ってきた腐女子のことを話したい。でも、タイトルでだいたい察してほしい。
1.「腐女子」を明かすべきか否か
たいてい現実世界の、特に職場や学校というソーシャルな場で腐女子は自分から腐女子だと名乗るべきではない。なぜならスパイは自分からスパイだと言わないから。
でも腐女子が岩の下のダンゴムシのように隠れて生きていたのも今は昔。最近はわりと、誤認識されつつも「腐女子」というワードを色んな場所で聞くようになった。
数年前、私が社会に投げ出されてまず考えたのは、「身分を明かすべきか、隠し通すべきか」
私はまず、「明かすべきでない」と考えた。
業界にもよるけれど、少なくともIT業界はまだまだ男性人口が圧倒的に多く、私が就職した会社も9割が男性だった。
あとIT業界にいるのはほぼほぼオタクなので(ドドド偏見)、しかも男オタクとなると腐女子に対する抵抗みたいなのとかあるんじゃないかなあと思って、聞かれるまで身分は隠そうと決心した。これは配慮なんだ。
ちょっとアニメとゲームをかじってる女、くらいでいこうと思い、しばらくはそれでゆるゆると生活出来ていた。
ここでポイントなのが、もし仮に「〇〇さんってBLとかは読まないの?」と聞かれた時に「私そういうの読まないんで……」というのはあまりよくない。まんじゅうこわいみたいな感じになるから。
おすすめは、「あっ!最近話題のやつですね!」とか「ちょっと気になるかも~(笑)」くらいの姿勢を見せておくとわりと丸く収まる。
もう逆に、私は腐女子でーーーーす!!と腹にダイナマイトを巻き付けて走り回ってもいい。
隠れるか、誰も寄せ付けないかは君が選べばいいのだ。
2.入社直後に出会った辻斬り腐女子
私が就職してから一番最初のプロジェクトで出会った腐女子、とにかく早かった。2秒くらいで仲良くなった。
腐女子はだいたい、腐女子がわかる。能力者同士が引かれ合うのと同じように、腐女子同士も引かれ合う。あと早口なのはだいたい腐女子。
ただの早口の女オタク(腐女子ではない)だったら?という心配はいらない。腐女子じゃないのはだいたいわかる。理屈じゃねえんだ……
とにかく腐女子じゃなくてもオタク仲間くらいは見つけておきたいと思ったので、それっぽい人にちょっと話かけてみて、だいたい2秒くらいで仲良くなった。
ちなみに、互いに「腐女子ですか?」などというやり取りはしなかった。
私が話しかけた直後にわずかに数秒、空白の時間があり、
「すみません、〇〇(その時話していた作品のキャラ)がモブにいろいろされてしまう話なんですけど……」
と言われてその場で笑って崩れ落ちた。
腐女子である確認も、推しキャラや推しカプの話さえもしていない。辻斬りにあった時ってこんな気持ちなんだなと思った。
ちなみに彼女とは最寄駅も近かったので、帰りは二人で無言で電車の中でポケモンをしながら帰るという日々を繰り返していた。いい人だった。元気にしていると嬉しい。
3.入社2年目に出会った年上のお姉様
やっと社会に馴染み始めてきた。もう3つ目のプロジェクトだった。
あまり本筋とは関係ないが、当時そのプロジェクトは燃えに燃えていて、毎日キャンプファイヤーにニトログリセリンを注いで暖をとっているようなプロジェクトだった。
毎日誰かしら倒れたり、人権がギリギリだったりした、この世とあの世の境目のようなところだった。そういうこともあってか、謎の団結力というか、連帯感というか、道連れ感覚だったのだろうか、飲み会が多かったし、メンバー間の空気は悪いものではなかった。
飲み会の後の帰りの電車の中で、普段あまり話さない一回りくらい年上のお姉さんと一緒になった。(何故かはわからないけど)ハリーポッターの話になり、(何故か)「好きなキャラはいますか?」と聞かれて「シリウス……」と答えたら何故か(何故か)素性がばれた。
「もしかしてヘタリアとか好きですか……?」と聞いたらもうそこからは直滑降だった。台本があったかのように推しカプやカプ観が一致し、最終的に深夜の駅のホームで「緑高……」と壊れたレディオのように繰り返していた。(腐女子は同じ話を何回もする)
余談~自分から会話を始めることの難しさ~
余談だが、最初に出会った辻斬り腐女子も、このお姉さんの場合も、趣味が本当に合う(解釈が同じだったりの意)かどうかはわからないが、ひとまず同類だと知っておくだけで仕事が円滑に回るようになる。
そもそもなぜ私がITを選んだのかというと、無言でPCに向かい続けるイメージしかなくて「人と話さなくてよさそう」というマジでアレな理由があったからだ。
ただ、社会に出る以上人とのコミュニケーションは避けられず、また苦手な人とのかかわりあいも避けられないのは会社勤めの醍醐味というか、どうしようもない宿命であろう。
会話をすること自体はいいのだが、会話を始める前の「あの……」を言い出す(自分から話しかけに行く)のに慣れるのに数年かかった。
そんなことで?と思われるかもしれないが、本当に自分から話しかけに行くというのが絶望的に苦手だった。
「仲良くなる」ともまた違った「素性を知る」というのは日常的なコミュニケーションに重要なことなのだと実感した。
4.世界で一番哀しい飲み会
よく取引をする会社と、合同で互いの会社の新卒歓迎会をしようという謎の流れになって、そのままの勢いで歓迎会を行った年があった。
当時その会社には私が仲良くしている後輩がいて「いよいよ後輩に後輩が出来るような年になったか……」と社会人としての芽生え(スロースターター)が生まれた年でもあった。
そして歓迎会がスタートし、私と後輩は新人の女の子と同じテーブルに座った。ぽつぽつと話していると、どうやらその子が腐女子らしいというのがわかった。このテーブルには腐女子が三人いる。もう少し深く話すと、好きなジャンルも被っていることもわかった。だから、「えっ、じゃあ好きなカップリングは?」となるのもごくごく自然な流れだった。誰も責めない、誰も悪くない。
三人「あ、私は……」
「福荒」「真東」「東巻と金福」
三人「です……あっ……」
どういうこと?と思う人はそのまま読み流してくれて大丈夫です。ここでこの記事を閉じるんだ。
地獄を煮詰めた後に残った物体を凝縮させて作った錠剤をオーバードーズするような地獄だった。ただ「あぁ、そうなんですね〜」で終了して次の会話に移れたのが救いだった。
歓迎会が終わり、店を出た後に後輩と歩いているとふと彼女が「つらい……」と言った。
内容はざっくりと、「自カプに盲目すぎて他のカップリングという概念が存在することを考えていなかった。この世に自カプ以外の世界線があると考えるだけで辛い(意訳)」みたいなことだった。
腐女子を長く続ければ続けるだけこういうことは増えていく。あの場で私たちは「好きなもの」の話しかしていない。「好き」という気持ちだけで誰かを傷つけてしまう。
打ちひしがれる彼女にかける言葉も見つからずに、ただ東京の街を歩き続けた。いつも通りに無遠慮に光り続けるやかましいネオン街が、ありがたいと思った。
喉まで出かかっていたあらゆるアドバイスや先輩としての慰めの言葉が、どれもこの場に相応しいと思えずにすべて押し殺した。
「つらいね」と、ふいについて出た。私の心からの本音だったが、この言葉が彼女にどのように届いたかはわからない。本物だけでは、正しさだけでは救われない。四月の半ばの、まだ少し肌寒い夜のことだった。